翻訳と辞書
Words near each other
・ 多気
・ 多気 (多気町)
・ 多気PA
・ 多気の湯
・ 多気クリスタルタウン
・ 多気パーキングエリア
・ 多気不動尊
・ 多気中学校
・ 多気十二柱神社
・ 多気城
多気城 (下野国)
・ 多気城 (常陸国)
・ 多気山
・ 多気山不動尊
・ 多気山城
・ 多気村
・ 多気村 (三重県)
・ 多気村 (曖昧さ回避)
・ 多気氏
・ 多気町


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

多気城 (下野国) : ウィキペディア日本語版
多気城 (下野国)[たげじょう]
多気城(たげじょう)は、現在の栃木県宇都宮市田下町にあった中世の日本の城山城)である。宇都宮氏の城だった。別名は多気山城〔塙静雄『とちぎの社寺散歩』(下野新聞社)〕。
== 歴史・沿革 ==
古くは1472年文明4年)に多気兵庫守の居城だったという記録がある〔宇都宮家臣記〕。一方、その築城に関しては1576年天正4年)に築城されたとの記録もある〔多気山城構築出陣人名〕。いずれも明らかな記録ではなく、築城時期や築城者は不明とされている〔。
尚、1576年に上高根沢城主高根沢信濃守、下高根沢城主平八郎、弥八郎、栗賀島城主直井淡路守、小和久保城主矢口筑前守、石居城主野沢若狭守らが入城している。〔〜ふるさとの歴史を訪ねて〜高根沢町文化財マップ〕
戦国時代末期、宇都宮氏は南に台頭する北条氏、北にこれに乗ずる日光山僧兵の侵略に晒されていた。本拠の宇都宮城平城で防御に不向きだった為、宇都宮国綱は宇都宮城を玉生美濃守に託し多気城を改修して拠点とした。小田原征伐に続く宇都宮仕置で領土が安堵され、再び宇都宮城に本拠を戻している〔。
1597年慶長2年)に宇都宮氏が豊臣秀吉によって改易されると同時に廃城となった〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「多気城 (下野国)」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.